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セラピー体験談
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33歳 女性 ○ブリージング・セラピー2回目(2008年6月) 家族構成 私たち夫婦、子供2人(1歳の息子と2歳7ヶ月の娘) 私の両親、私の妹。7人で暮らしています。 食事の支度は、私と母でやっています。 ある週末・・・・ 母は用事があり、私が夕食の支度をすることになっていた日。息子が2日前から40℃の発熱。その日は朝から小児科へ、診察後、点滴。その場を旦那に任せ、私は娘と夕食の買出し。すぐ小児科に戻り、付き添い交代し、旦那は仕事へ・・・・ 子供2人を連れて帰宅。子供たちを昼寝させた後、妹から 『こんなんじゃ足りないよ!もっと沢山食べたいのに! 買ってきてよ!!!子供みてるから』と買出しにケチが入りました。私はとっさに「自分で買いに行って」と頼みました。『いやだ、ガソリン代もったいない。あんたが買ってこれないなら旦那に仕事帰りに買ってきてもらえばいいじゃん』と。 私の中で何かがフツフツと爆発しそうでした。 「じゃ、子供たちみてて」と頼んで車に乗った時、妹が『冗談だよ』と。「冗談には聞こえなかった」と答えると・・・ 『あぁ〜、いいわ、外食するから』と逆切れ。結局、話し合い、夕食は自宅で食べました。買い物も行ってません。 このやりとりから、私に変化が・・・・。一言で言うと〔キレやすくなった〕。いつもはイライラしない娘の行動にイライラ。しまいには〔殺意〕の感情まで表れるように・・・・・。 ・人の話を歌って聞かないふりをする ・完全無視 この2点には〔殺意〕が・・・・ 自分でも恐ろしかった。 そしてそんな自分に嫌気がさしました。 友達の楽しそうなブログを読み、〔なぜ、自分を誘ってくれないの?〕 自分が書いたブログに対してのコメントを読み、〔あぁ〜、自分を解ってもらえていない〕、〔誰も話を聞いてくれない、解ってもらえない、それなら自分はいなくなってもいいのでは?〕 全部、マイナスに考え、でも認められたい自分もいたため、犠牲のサイクルを繰り返していました。 そうやって自分で自分を追い詰めていき、苦しくなり真美先生のところへ。 セラピーを受けていると 【違うの】【ごめんなさい】という感情が出てきました。 それは誰かにではなく、自分に・・・・ 自分にでした。 それと同時にどす黒い液体が小さな穴に流れ出る映像が現れました。全部流れきったあと、とても軽い自分。 自分自身を認めていないのに、相手に強く望んでいたこと。私が〔殺意〕が芽生えた娘の行動は、私自身が自分にしていたことだと気づかされました。自分を押し殺すことで、すべてうまくいくと考えていた自分が招いた結果。 表と裏。 表面上しか自分を出していないのに、奥深い自分を知ってもらいたいと強く願っていた結果。 まずは自分を認めること これがどんなに大事か、思い知らされました。 ここ最近の娘 「ふに〜、ふに〜」と甲高い声を出し、何かを訴えていました。ちゃんと話せるのに、全くしなく、泣いて訴える。 ベビマを拒否されていました。 セラピー終了後。 「○○してほしい。」などちゃんと言葉で伝えるように。 ベビマをやらせてくれるようになりました。 いまだ、妹と娘が仲良くしているのを見るとイヤですが・・・・。嫉妬なんだろうと思い、その気持ちを汲み取るようにしました。そうすると自然と子供が私のところに戻ってくるんですよね。 まずは自分が思っていること、感じた気持ちはきちんと汲み取る。 まだまだ、いろんな壁にぶつかると思いますが、ゆっくり本来の自分を取り戻していきたいと思っています。 |
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33歳 女性 ○セラピスト養成講座 受講中(2008年3月) 思春期のお子様をもつ親御様へ 私は現在33歳、息子は現在12歳の小学校6年生です。私達親子の経験をお話したいと思います。 私は20歳で結婚し、21歳の時に息子を出産しました。息子が生後4ヶ月の時に離婚し、親子二人での生活が始まりました。俗に言う、母子家庭・シングルマザーです。 息子は生まれてすぐ皮膚に酷い湿疹が出始め、それがのちのちアトピーになりました。生後11ヶ月の時風邪をこじらせ咳が酷くなり初めての入院をしのちに喘息になり、今に至っております。アトピーによる痒みで2歳になるまで毎晩3時間起きに夜泣きを繰り返し、喘息で何度も入退院を繰り返し、凄く手のかかる子でした。 3歳になり保育園に行ける様になり、私自身もやっと働ける環境になり必死に働き子供を育てていました。自分に余裕もなく、金銭的にも余裕がなく、いつも子供を押さえつけわがままを許さず 、良い子で居させる事を強要していたのだと思います。 「男の子なんだから」 「お母さんは働いているんだから」 「我慢しなさい」 「いつも良い子で居てね」 こんな言葉が口癖だったように思います。 その後子供が小学校入学を期に再婚し、家族3人になりました。子供の事を1番に考えているとその当時は思っていましたが、父親が出来た事で更に「男同士」を強要してしまっていたのかもしれません。それまでは温泉に行っても身内に男性が居なかったため、女湯だったのを、子供の自立心では無く、強制的に男湯に入れるようになりました。ですが、何も反抗もせず素直な良い子だったので、本当に手もかからず扱いやすく一般的に言われる「良い子」な息子でした。 息子が3年生になり、また離婚をし2度目の母子家庭になりました。息子はとても優しく、問題も無く、本当に良い子でした。とても扱いやすく、お母さん達にも、羨ましがられる程でした。それをいい事に、私は子供に我慢をさせ、自分中心な生活を送っていたと思います。1日の時間配分が、子供中心では無く、私中心だったのです。それでも、何も言わない息子に対して罪悪感を感じる事も有りませんでした。どこかで「家の子は理解してくれている」と、勝手な解釈をしていたのだと思います。 そのまま息子も大きくなり・・・6年生になりました。 とても良い子の息子が激変したのです。 朝起きなくなる。 毎日学校に遅刻して行くようになる。 常にダラダラとした生活を送るようになる。 夜もダラダラと起きていてる。 門限は守らず家に帰ってくるも、悪ぶれた様子もなく平然な顔をしている・・・。 その頃から私の怒鳴り声が毎日響き渡るようになりました。6年生。そろそろ反抗期の時期だろうと、簡単に考えていたのです。ですが、冬休みに入り急激に息子の状況が更に悪化しだしました。 万引きをしたのです。 それも、暮れの12月30日に・・・。 スーパーで万引きをし、家にでは無く、私の実家に連絡が行きました。私の母がスーパーに迎えに行き、代金を支払い連れて帰ってきたのです。 その日の夜、初めて息子が暴言を吐き暴力までは行きませんが、酷く荒れた、初めての夜になりました。 「うるせーんだ!ババァ!」 「早く死ね!」 「俺に触るな!汚れる!」 「今すぐ俺の目の前で死ねや!」 何を言っても「うるせー!」 腕を掴むと「俺に触るな!きたねー!!」と腕を払われ、本当に、どうしていいのか、何を言えばわかってもらえるのかわからず私自身も怒鳴ったり泣いたり・・。そして、息子は何度も家を飛び出し吹雪の中4時間も外を放浪し・・・。やっと家に戻ってきたのが夜の10時でした。泣きはらした目に泣きすぎて泣きじゃっくりが止まらず・・・。 家に入ってくるなり無言のまま自分の部屋に入っていった息子についていき、イスに座っている息子を毛布で包み抱きしめ 「ずっと、我慢してたんだね」 「寂しかったんだね」 「お母さんが悪かったね」 「イライラの限界だったんだね」 「ごめんね。。。」 と言い、一緒に泣きました。 そのまま10分位抱きしめ体をさすり一緒に泣きました。 そして、体が冷え切っていた息子をお風呂に連れて行きシャワーを掛けてあげ、そのまま私だけ居間に戻り息子がお風呂から上がってくるのをただ黙って待っていました。 お風呂から出てきた息子は「お母さん、ごめんなさい」と、素直になっていて、とても優しい目をしていました。 真美先生に、抱っこセラピーの話を聞いた事が有りました。セラピー後は一時期状態が酷くなると聞いていた事がありましたが、その後の我が家は更にとても大変な状態になりました。 冬休み真っ只中の1月 やはり夜はダラダラと夜中まで起きている息子。 なので朝は起きれず起きてくるのはお昼過ぎ。 なので友達とも遊べず、暇でダラダラな悪循環。 そして、暇でイライラすると愛犬に八つ当たりし、愛犬の鼻から出血させる等の目に余る行動が出始めてきました。そして、壁を殴ったり蹴ったり、わざと大きな音を立てたり・・・。 それを注意すると凄い目で私を睨み付けドンドン床を踏みつけながら歩いたり、舌打ちをして愛犬のおもちゃのヌイグルミを壁めがけて凄い力で投げつけたり、壁を蹴ったり・・・。早く寝るように怒ると、また事態は逆効果でモノに八つ当たりをしたり、言葉の暴力だったり。。。 そんな日々を過ごしていて、息子の問題行動が日に日にエスカレートしていく事に不安と恐怖を覚えていました。もしかしたら、いつか私が息子に何かされるのでは無いだろうか?と本気で不安になり、息子が怖くなり、逃げ出したい心境になっていました。 その時、真美先生に相談のメールを送ったのです。 真美先生からの返事が来る前に、私自身何を改善すべきかを自分なりに考え、私は現実逃避にネットに依存していた傾向がとても強かったので、その日を境に息子の居る時間は会話が無くてもパソコンの電源は切る。時間をしっかり決めて、夜の9時になったら、一言息子に許可を取ってからパソコンのスイッチを入れる事にしました。 会話は無いけど、お互い自分勝手な事をしているけど、居間に二人でいて同じ空間を共有してる・・・そんな些細な事でしたが、たったそれだけで息子の様子が少し変わりました。9時になり「お母さんパソコンしていい?」と聞くと息子は「何で聞くの?」と不思議顔。 「別に意味は無いけどね〜」と軽く答えてからパソコンを始めました。そして、その日の夜、息子は壁を蹴る事も無く静かに寝たのです。 次の日になり、真美先生から返事が来ていました。状況が緊急を要するので電話を掛けてくださいと・・。真美先生と色々な話をし、その時にある魔法の言葉を実践する様にと言われました。その言葉をかけるだけで、劇的に状況は変化し、気持ち悪いくらい子供が扱いやすくなると言うのです。 それは、9褒めて1渇を入れる。そして怒るのでは無く要求の言葉に変えるものでした。今までは9怒り1普通だったと思い、慣れないけど、褒める練習をはじめました。 と言っても、本来何も難しい事は無く ▼強要しない=今までは「○○しなさい」と言っていたのを「○○して欲しいな」とか「お母さんは○○してくれると嬉しいんだけどな」と命令をやめる ▼否定しない=例え子供が間違っていたとしても否定せず「うんうん」と話を聞いてあげ、間違っている部分だけど「それは、お母さんはこうだと思うよ」と言い ▼どんな事でも、感謝の気持ちを伝える=何かしてくれたら「ありがとう」私が言った事をやり遂げてくれたら「ありがとう。お母さん嬉しいよ」と言う ▼褒める=ほんの些細な事でも褒め倒すんです。靴下を洗濯のカゴに入れても「あら、自分で入れてくれたの?ありがとうね。お母さん助かるな〜」 ▼お母さんも一人の人間だと言い続ける=お母さんもお母さんである前に一人の人間で喜怒哀楽がある事をただただ話す。弱い部分を隠さない。 ▼怒ってしまったら=必ず後で謝る「さっきお母さん怒りすぎちゃったね。ごめんね」 これを意識して息子と接するように変えたのです。 たったこれだけで、嘘の様に・・・。 そしてたったの1日で・・・。 息子がとても良い子で、とても素直で、会話も増え本当に信じられないほど急激に激変したのです。 よく色々話してくれるようになりました。前までは、「どうしたの?」と聞いても「どうせお母さんに言った所で何も変わらないし意味無い」と言っていた息子が、私が何も聞かなくてもまだ話すの??と思うほど本当に何でも話してくれるようになり、2〜3時間は話し続けるほどでした。 何かを頼んでも「面倒臭い」と言っていた息子が要求の言葉に変えただけで、腰は重たそうでは有りますがちゃんとやってくれるようになり、時には何も言わなくても、自分の部屋を掃除し、掃除機までかけるようになったり、私にお茶を入れてくれたり・・・本当に優しい子になりました。 一番の変化は、暴力的な行動が一切無くなりました。壁を殴ったり蹴ったりが一切無いのです。そして、いつもイライラピリピリしていた子が、最近は落ち着き目つきもとっても柔らかくなりました。たまにイライラ怒りの感情が出てくる事は有りますが、今では2〜30分もすると、普通の穏やかな状態に戻りまた笑って話すようになりました。 そして、自分が変われば周りも変わる・・・本当にそんな状態になりました。親子間に信頼関係が生まれました。 思春期の子供を持つ親の共通の悩みは、どう接していいのかわからない。難しく、わかってもらえない。一番信じたい我が子なのに、一番信用出来ない信じたいのに後の1%が信じきれない。 そんな状態だと思いますが、心から信頼しあえるし、信じあえる様になった事・・・。 先月、息子の担任の先生が家に来ました。 息子がとある問題に巻き込まれたので今すぐ学校に来て欲しいと言う内容でした。学校に着くと、そのまま校長室へと案内され、そこには泣きはらした目の息子と、校長・教頭・担任の3人が居ました。 事情を聞くも、先生達は話を濁し、何も話してくれません。その場で息子に「何?どうしたの?何かこの状況は尋常じゃないよ?」と聞くと、前日、学校で禁止されている学校近くの廃墟マンションに学校帰りに寄り道し入った事 、そこのマンションのベランダから道路に向って石や氷を投げて遊んだ事、その時一緒に行った子が、同級生の男の子のSくんと小学校1年生の男の子のTくんだと話しました。 「お前、1年生のTくんに何かしたの?怪我でもさせたとか殴ったとか・・何かしたのかい?」と聞いても 「何もしてない。」と言うだけ。 事情が全く飲み込めず、呼び出されたのに何も言わない教師達に少し苛立ちを覚えた私は教師達に少し怒った口調で「で、なんなんですか?」と言いました。 そうすると教頭が息子を別に教室に連れて行き、校長から説明された内容は、 ▼1年生のTくんがその後泣きながら自宅に戻り、親が事情を聞くと6年生のお兄ちゃんに「俺のチ○チ○を舐めろ」と言われ実際にやらされた ▼時間的な長さから、どうもそれが家の息子しか居ない ▼Sくんはずっと建物の外に居た ▼教育者の立場から「チ○チ○を舐めろ」と言ったのか、実際にその様な行為があったのかは、言葉に出して息子には聞いていない ▼ずっと息子に「それだけか?」「他に忘れてる事はないか?」と淡々と今日1日言い続けていた そんな内容でした。一瞬貧血でフラっと倒れそうにはなりましたが、私の中でどうも腑に落ちなく、それは息子じゃないと確信を持っていました。 校長・教頭・担任と話していてもらちが明かないと思い、息子と直接話をする為に息子が移動させられた教室に行きました。そして、もう一度大まかな前日の流れを聞き、最後に確認をする意味で「お前、1年生のTくんに、チ○チ○舐めろとか言った?」と聞きました。すると息子は何事も無かったかのように、サラっと「それ、Sくんだよ」と・・・。 やっぱりな!息子は絶対してるはずがない!そんな息子を犯人と決めつけ登校した朝の9時前からずっと校長室に監禁し、尋問した学校側のやり方にも腹が立ち、大人気ないですが、息子に一言「お母さんが今言ってきてやる!待ってなさい!お前はお母さんが守るからね!」と怒鳴り、校長室のドアを思いっきり開け飛ばし「やっぱり家の子じゃなかったですよ!Sくんですよそれ!!」と怒鳴ってしまいました。 その後やっと帰宅し家に着くと既に17時でした。8時間も校長室に閉じ込められ、永遠犯人と決め付け尋問をした教師達を許せなくはありますが、それよりも息子の心が傷ついたのではないだろうかと、とても心配していました。 息子に「本当にお前じゃないんだもんね・・・誰がなんと言おうと、お母さんは絶対お前を信じてるし、守るからね」と言うと、その時一番辛かったはずの息子から出た言葉がニヤっと笑って「お母さんが信じてくれないと、どーすんのさ。お母さんが俺の事で怒鳴ってくれたの嬉しかったよ」でした。 そしてその後、Sくんの親と電話で話しましたが、Sくんのお母さんは、自分の息子を信じたい。だけど1%でも、もしかしたら・・・と言う気持ちがあると言っていました。 私は「絶対にしてないよ。Sくんも。そんな子じゃない。家の息子も絶対にしてない!と信じれるし確信がある。多分1年生のTくんの思い込みだと思うよ」と、ずっと言い続けて電話を切りました。Sくんのお母さんはどうしても我が子を信じきる事が出来なかったようで、Sくんに、何度も「本当にやってないのか?」と疑いの言葉を夜中の1時まで投げかけていたそうです。 Tくんの保護者の方が警察の方にも被害届けを提出していた様で、次の日息子に警察署から出頭命令がきました。前日に引き続き、今度は警察署の取調室で朝の10時半から夜の8時までまた、取調べが続きました。2日間も、犯人扱いをうけ、小学校6年生の息子はそれでも耐え頑張って乗り越えました。 最終的にやっと息子の無実は証明され、廃墟マンションには一緒に行ったけれど中では別行動を取っていた時間の方が長く、ほとんど事情も状況も知らないという事がわかりました。そしてその後Sくんも、その様な言動を言った事は認めたたけれど、その様な事実はあったという事はなかったようで、1年生のTくんの親の勘違いだった事がわかりました。 前の私だったら、真っ先に息子を疑っていたと思います。そして、信じるからね・・・と言いながらも、Sくんのお母さんの様に、どこか信じ切れなく不安だったと思います。ですが、心から100%の気持ちで息子を信じきれた事・・・そして、信じたからこそ絶対守る!と本心から思えた事・・・。 思春期の子供を持つ親として、同じように悩んでいらっしゃるお母さん・お父さんは沢山居ると思います。そして子育ては難しいと思っているお母さんも沢山居ると思います。私自身がそうでした。本当に真っ暗な長いトンネルに迷い込んでしまった様な気分で先が見えなく出口が本当にあるのかな?と不安で、これから先何年思春期の反抗期と戦っていかなければいけないのか?とお先真っ暗でした。 ですが、本当にこの「魔法の言葉」、たったこれだけで、こんなにも変わるのです。たったこれだけで、子育てなんて全然難しいものじゃなく、むしろとっても単純で簡単な事だったんだと知りました。そして、子供との関係もとても素晴らしいものになり、今では息子の友達のお母さん達にも、「憧れるし羨ましい親子関係だよね」と言われる程になりました。 少しでも、悩んでいるお母さん達の為になれればと思い、体験談と言う形で書かせて頂きました。 |
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33歳 女性 ○ブリージング(2008年2月) 私は、幼いころの記憶が全くといっていいほどありません。写真に写っている自分はとても怖い目つきをしたものばかり。笑っている写真がほとんどありません。 現在、私の実家に住んでいる私たち夫婦と子供。毎日、母の機嫌を伺い、機嫌を損ねないよう必死に生活しています。機嫌が悪いと自分がなにかしたのでは・・・・と、心臓が恐ろしいほどバクバクします。 私には妹がいます。妹も同居しています。この1年仕事もせずに自由奔放に遊びまわっている妹。全く母に怒られることなく逆に母が機嫌を伺う感じです。うらやましい反面、憎さというか・・・・。そんな自分がとても嫌でセッションを受けることにしました。 カウセリングのとき、自分が本当にしたいことは?と問われた時、答えられませんでした。 私のやりたいことに賛同してくれる主人。 私のやりたいことに反対する母。 自分がどうしたいのか、わからなくなっている。実は、ここへ来ていることも母には話していません。話せないのです。 潜在意識への癒しが始まった時・・・、この呼吸法で本当にいいのか? 大丈夫なのか??? いろんな不安がありました。 呼吸をしているうちに手足がしびれてきて、母のお腹の中にいる自分にたどり着きました。 『まだ出たくないのに・・・・いやだ、いやだ』 『お腹の中はとても居心地悪いの。いやだ。』 そのうち、浮かんでいる感覚になり・・・・。痛みが発生。 本当に痛く、カラダを動かしました。落ち着いた後、また浮かんでいる感覚になり・・・・。今度は産道を通っている感覚に。頭がすごく動きました。とても長い時間動いていたように感じました。その後、スポットライトが当たっているかのようにまぶしくなり、すぐ『お母さんどこにいるの?行かないで・・・・』という言葉が。 その間、たくさん泣き、たくさん叫びました。 ようやく母に会えることができ、おっぱいをさがし、笑っている自分を見つけることができました。 最後のカウセリングで、母が犠牲のサイクルをしていること。同じく私も犠牲のサイクルをしていることがわかりました。それがわかり、前以上に機嫌を伺うことをしなくなった。ただそれは、現在、妹が旅行に行っていてうまくいっていたこともあり。 本日、妹が帰ってくるので、また変わってしまうのではないのかという、不安がとてもあります。 ただ、犠牲のサイクルがわかったことで、対処の仕方を学べたこと。 自分は母から愛されてなかったのではという不安が解消されました。 |
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33歳 女性 お子様2才 ○抱っこセラピー・グループセッション(2008年2月) 最初に知ったのは・・・・ ある方の日記に抱っこセラピーのことが書いてありとても興味をもちました。そして、その方に問い合わせて教えて頂いたのが、真美先生のところでした。 私は2歳と0歳の子供がいます。上の子は産まれてから5ヶ月で仕事を復帰しなくてはいけない状況だったので日中は保育園で過ごしました。あまりかまってあげられない罪悪感が私の中にあり・・・・。その後、下の子の妊娠がわかり、家庭内でもいろいろ出てきて、かなり情緒不安定だったと思います。 そのイライラを上の子にぶつけてしまうこともあり、後悔の連続でした。 上の子はただ甘えたかっただけなのに・・・・。 1歳で卒乳したのですが、下の子が産まれて復活。下の子よりもおっぱいに執着するようになり、なにかあるのでは・・・・と。 これが抱っこセラピーを受けるきっかけでした。 泣かれるとイライラした自分。2人同時に泣かれると本当に怒りが出てきました。 はじめての抱っこセラピーでは、子供よりも自分が先に泣いてしまって・・・・。 私は母に『子供の前で泣いてはダメ』と今でも言われます。 今まで泣くことを我慢していた自分。初めて子供の前であんなに泣きました。 子供も私が泣いている姿にびっくりしていたみたいですが・・・・。 すぐに抑えていた感情が出てきました。 『いやだ、いやだ・・・・』 こんなに暴れるんだ!!!と驚くくらいの力でバタバタ。 私も泣きながらも押さえるのに必死になりました。 『ごめんね、ごめんね、我慢していたよね。』 『いやだ、いやだ』 『大好きだよ、いっぱい頑張ってきたのはママわかってるよ・・・』 泣きながら必死に伝えました。 子供は、ゴホゴホと咳をしながら泣き続け、たまっていたものが咳で出す効果があることがはじめて知ることができ、本当に言いたいことも言えずに我慢させていたんだと。その後、甘え泣きにかわり、産まれたての赤ちゃんのようなやさしい表情になってきて、こんなに変化があるとはと驚きました。 自宅に戻ってからは 『ママ食べさせてあげる、疲れてない?』といたわってくれて・・・・。 とても2歳の子がするとは思えませんでした。 自分の感情を口に出すこともできるように 『ママがいなくてさびしかったの。』 この言葉にはズシリときました。 私にも変化が・・・・。 子供がどんなに泣いてもイライラすることがなくなったこと。 言葉で抑えつけることがなくなったこと。 2回目の抱っこセラピーでは、とても冷静な自分に驚きました。 子供も、途中ですっきりしたのか寝てしまいました。 現在はとても穏やかな毎日を過ごしています。 いろんなことを話し、一緒に遊び、時には一緒に泣き・・・・。 私が泣くと、子供は頭をなでてくれ『○○がいるから大丈夫だよ〜』と、ギュと小さいカラダで抱きしめてくれます。そして一緒に泣いてくれます。 泣くことってこんなに大事なんだということが改めてわかりました。 本当に真美先生に出会えてよかったと思います。 ありがとうございました。 |
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38歳 女性 ○ブリージング・セラピー(2007年11月) 西谷先生との出会いは、「女性として美しく輝いて生きる」セミナーでした。自分を変えたくて、カウンセリングを受けようかなと、ネットで検索していたら、先生のHPが目の前に飛び込んできました。普段は優柔不断な私も、このときは即決ですぐ申込みました。 「自分を責めているだけ相手からも責められる」 まさに「目からウロコ」でした。 私は「自信がない」「不安」「無理」「だめ」「何もとりえがない」 こうやって自分を責めていました。思い込んできました。自己否定してきました。 私はバツイチですが、元旦那にはよく責められました。「私が悪いからだ」と我慢し続け、最後に爆発!!離婚しました。この出来事を自分が引き寄せていたなんて本当に驚きです。 セミナーを受けた日から「私は愛されている。私は幸せ」と心の中で思うことにしました。そして、いてもたってもいられなくて、4日後に西谷先生のセッションを受けました。 まず先生に小さい頃からのことを聞かれ話しましたが、私はあまり記憶がありません。すると先生に「感情を隠してきたから、記憶も隠して忘れてしまっているのよ」と優しく言われました。出産の時は母親に聞いたら安産で特にバース・トラウマのようなことはありませんが、母が私を妊娠中、急性虫垂炎になり、手術を受けたと聞いたことがあります。 西谷先生のブリージングを受けると、それがバース・トラウマでした。 ただ言われたとおりの呼吸法をしていると、段々呼吸が荒くなり胸が苦しくなり、体がしびれてきました。西谷先生が「今まで我慢してきたんだね。感情をだしていいんだよ」 私はクッションに向かって、大声で「あー」「あー」と叫びました。 そのあと目はつぶっているのに、私の足元の右側に白い服を着た人が立ってメスを持っているのがみえました。母の急性虫垂炎の手術中のようです。医者の「(胎児は)だめかもしれない」の言葉が聞こえてきて、私は「いやだ〜。殺さないで〜。死にたくないよ〜。生きたいよ〜」と叫びました。涙もでてきて、体も震えてきました。その時、西谷先生が私の手を握ってくれて、私も握りかえしました。 次に西谷先生の誘導で、出産中の母親になりました。すると母は「妊娠中に病気になってごめんね」と自分を責めて、「五体満足で赤ちゃん(私)が生まれてきてほしい」という不安な気持ちで出産を迎えていたようでした。私は母に「とても愛されていたんだ」という気持ちが理解できて、涙がぼろぼろでてきました。 「お母さんの不安な気持ちもあなたの心の中に入っていたのね」と、西谷先生の誘導で母親の感情を私から切り離し、母から生まれるシーンを再現しました。 私は安産で生まれて、へその緒がついたまま母に抱かれました。とてもあたたかいぬくもりがあり、いつまでも離れたくありませんでした。 そして「私は愛されている」「私は幸せになる価値がある」と、西谷先生が優しい声をかけてくれて、私も心の中で思ったり、声にだして言いました。胎児だった時の「死ぬかもしれない」という不安で「私は存在してよかったんだろうか、母を苦しめたんじゃないか」と私は自己否定していたなんてビックリです。とっても不思議な体験でした。 でも「私は愛されていた」と感じられたことで、心が軽くなりました。将来のことが不安で、将来のことなど全然浮かんでこなかった私でしたが3年後、5年後のヴィジョンが湧いてきます。 「なりたい自分になれるんだよ」と西谷先生に言われて、将来の自分を想像することがとても楽しくなりました。自然と笑顔で出るようになりました。 セッションを受けた日、私は生まれ変わりました。 もう自己否定はしません。 でもそういう感情がでたときは、「隠さずにだして、そのあといいイメージを浮かべるのよ」と西谷先生が教えてくれました。 私には息子がいます。 息子も私の不安な気持ちを受けてしまっていると思います。また保育器に1日間入っていたので、バーストトラウマがあると思います。でもこれからは「大丈夫よ。愛しているよ。大好きだよ。いつも見守っているよ」と抱きしめて安心させてあげようと思います。 「自分を変えたい」という気持ちが、西谷先生を引き寄せてくれたと思っています。西谷先生と出会えたことをとても感謝しています。そして両親からたくさん愛をもらっていることを受け取ることができてとても幸せです。 |
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33歳 女性 お子様3ヶ月 ○親と子の抱っこセラピー(2007年9月) 息子を出産したとき、それは私の想像していたものとは全く異なり、悲しいものでした。 お産は怖い。 でも実際は気持ちが良くて幸せなものなんだよ。 色んな人からそう聞いていたので、私も、怖い反面、少しワクワクした気持ちがありました。 私の体の中から子どもが、出てこようと必死に頑張っているのが分かりました。怖い、でも早く会いたい、頑張ろうね、そう思いながら頑張った出産。 さぁ早く我が子を抱きたい!! でもなかなか抱かせて貰えませんでした。 やっと抱けたと思ったら、形だけのあっという間に終わったカンガルーケア、その前にへその緒は切られていました。 その後すぐに、煌々と光の注ぐ台に、息子は移され、カチャカチャという冷たい金属の音がする中、早く息子と語らいたい、そう待ちわびていたのに、助産師さんに抱っこされた息子に、無理矢理に初乳を飲ませて、検査があると一言言い残し、息子は連れて行かれました。 連れ去られた。私にはそうとしか思えませんでした。 待てど待てど来ない息子。そのうちに、さっき必死に頑張った私たちのお産が、幻のように感じ始め、ぺたんこのお腹を触りながら、「わたし、いま産んだよね!?」そんなことを自問自答していました。それはとても怖い時間でした。 1時間以上経って、ようやく助産師さんが来ました。でも子どもは居ませんでした。子どもについて何も説明のないまま、私の着替えを介助し、歩いて部屋を移動しました。 ベッドの上で、気持ちがザワザワとして目が冴え、子どもをひたすら待ちわびました。そこの病院では、出産した0日目は、赤ちゃんを新生児室に預かるらしいことは、後から気付きました。 息子に会いたくて会いたくて、ナースコールをして、ようやくゆっくり抱っこが出来ました。でも、検査があるとのことで、その日は一緒に寝ることも叶いませんでした。 明くる日、ようやく母子同室になりました。待ちわびた再会です。でも、自分でも不思議なことに、気持ちがどこか冷めていることに気付きました。この子は確かに私の子ども、だけど、何かが違う。 心から可愛いと思えない。冷めた目で見そうになる自分を必死で誤魔化し、自分の子どもに対してそんな気持ちになる自分を責め、夜中泣き叫ぶ息子を朝まで抱っこしました。 夜になると朝まで泣き、オムツ替えの度に暴れ、体に触れると嫌がって泣かれ、助産師さんが来ると大人しくお利口になる。 退院してしばらく、家に慣れてきてもオムツ替えの度に泣かれました。そんな私たちを見て彼は、「どうして泣いてるの」としつこい聞き、私にはそれが、「隠れて虐待しているんじゃないのか」と聞かれているように感じ落ち込み、私が抱いて泣くのに、彼が抱くと大人しくなる。そのくせ、授乳時間が長く、1時間も2時間も離さなかったり、寝ている時に自分の体の一部で私に触り、私が離れようとすると、いきなり泣き出す。 私はとても疲れていました。 これも個性なのかなぁと思って諦めていた頃、真美先生の、抱っこセラピーグループセッションに参加しました。息子は生後1ヶ月でした。 横抱きにすると、すぐに凄まじい勢いで泣きだし、沢山の感情を押さえていることを知りました。私も一緒に泣きました。家でもすると良いとアドバイスを受け、時々やってみましたが、自己流になってしまっていて、やっぱりサポートの先生が付いていて下さると、効果が全然違います。 つい最近、2回目の抱っこセラピーの機会がありました。 前回の抱っこセラピーと家での抱っこセラピーを振り返ってみて、共通して言えるのは、「僕が悪いから」「僕がダメだから」という想いでいっぱいになっているってコト。 産まれてすぐに離されて、怖くて怖くて、新生児室でエンエンと泣いてママを呼んでいるのに、ママは来てくれなかった。 寂しかった。 恐かった。 そんな風に感じて、寂しくて離れるのが怖くて、それがおっぱいの長飲みや体が離れると泣くという行動に、表れていました。 反面、体に触れられて泣き叫んでいたのは、「呼んでも来てくれなかったくせに」「もうどうでもいいっ」「どうせ嫌いなんでしょ」「放っておいて」という怒りから。 おっぱいがうまく飲めなくて泣いている息子を、抱っこセラピーをした時も、「ママに嫌われると思って」飲めない自分にイライラしてました。 全て、「僕がダメだから」 なんて悲しいコトでしょう。 僕のことが嫌いなの? 僕がダメだからママは来てくれないんだね。 ママは僕が嫌いなんだね。 そんな想いでいっぱいなんです。 今回の2回目の抱っこセラピーでは、1回目で取り去った悲しみのさらに奥の、もう蓋を閉じて頑なになってしまっている心を見ました。 先生が直接セラピーをしても、なかなか出てこず、「うぇ〜うぇ〜」としか泣けない。 それほどまでにしてしまったコトって…。 先生は、「もしかしたら入院中、助産師さんの何気ない一言で傷ついて、心を閉ざしたのかも知れないし」て言ってましたが、帰宅してよくよく、よくよく考えると、妊娠中に思い当たる節がありました。 私はいわゆる、できちゃった婚で、妊娠が分かって彼に話したとき、「ほんとうに?」と聞かれショックを受けました。 それからしばらくの間、私たち親子を彼は受け入れてくれるのだろうかと、不安に過ごしたことがあります。 僕が居るからママは不安なんだ、そう思ったかも知れません。 「僕が居るからダメなんだ」って…。 他にも、私と彼は、お腹の子どもが女の子だと信じて疑いませんでした。 男の子を抱いている自分が、想像出来なかったからです。 検診でエコーを見ても、いつも分からなかったのは、男の子の自分では愛されないと思って、隠していたのではないでしょうか。臨月に入り成長が止まったのも、検査の時に20分もお腹で動きがなかったのも、きっと、気付かれないようにひっそりと息を潜めて暮らしていたのかも知れませんね。 私は、妊娠中にいつも子どもに励まされながら、陰で悲しみを重ねさせてしまっていたと言うことになります。息子には、私のような寂しい思いをさせたくないと思いながら、既に寂しさでいっぱいにさせてしまっていたわけです。 それなのに、息子はさらに私に気遣って、「無理しないで」「頑張りすぎないで」って言っているんです。私がどうにかしようと頑張って、知らずに無理していたのを、この子は感じているんですね。 私は私で、「こんなんじゃダメだ」「こんな私はダメだ」「もっと努力しなくちゃ」「頑張らなくちゃ」そう思っているコトに気付きました。 「この子は、アナタと同じ傷を持っている、アナタのお母さんもそう、連鎖しているの。」 「この子はアナタなのよ。」 「いらない連鎖は、断ち切っていくの。」 そう、先生はおっしゃいました。 抱っこセラピーとは、子どもの感情を解放させながら、実はママにも、ママ自身の気持ちに気付き、心の底にある悲しみを解放させていくものなのですね。 これからも、親子で癒しのセミナーに参加をし、自宅でも取り入れながら、「息子が愛おしくて堪らない」、それを息子が素直に受け取って、愛されていると自信がもてるように、私も母から愛されていたんだと自信がもてるように、幸せな親子関係を築いていきたいと思います。 それこそが、私がずっと憧れていた親子関係です。 |
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32歳 女性 ○ライトブリ‐ジング・セッション(2006年5月) 今回のテーマはバーストラウマを癒し再誕生する 私の生まれたときの状況はとても難産だったようでした。そしてなかなか産まれなくて、吸引したようでした。母は相当辛かったと言う話はたまに聞いていたためか、私は小さい頃から出産は痛くて恐ろしいものだという思いこみができあがっていました。 はじめてこの世界に出たときに感じた感情がつらいと、その後の人生にとても大きな影響を与えてしまうのは、自分の人生を振りかえってもうなずけることばかりでした。過去世の影響もあるかと思いますが、今回は今生でのことにフォーカスしようと思いました。 深くて早めの口呼吸。。。はあーはあーはあー 体がだんだんじびれてきます 感じるまま感じていきます すぐに感情が出てきました 産まれたくないー!いやああ! こわいもんこわいよーーこわいよーー! さびしいさびしいーーさびしいよー! 「お母さんの感情も受けていると思うのでお母さんとあなたの感情をわけますね」と真美先生は誘導してくれました。呼吸にフォーカスしてどんどん深く入っていきます。 体がしびれている感覚でありながらわからないけれども自然に自分が産まれる時の産道を通る感覚と、自分自身が過去世で出産している感覚がかさなっている体験が不思議ですがリンクしたかのような感覚。さらに誘導と共に深く深く呼吸をリラックスしてできています。 だんだん光がまぶしい感覚になってきました。 わぁあなんて綺麗でスピリチュアルなんだろう。 ああ産まれる事は、そして出産は素晴らしくて綺麗なんだと受取る事が出来ます。 以前のライトブリージングの時は、産まれたとき、病院の風景、医師や看護師の姿がぼやけていたが見えて、そしてお父さんが立ち会っていなかったことにとても寂しさをかんじている自分がいることに、まず気が付きました。 産まれたときから、寂しいととても感じていたんだ。。 いつもいつもずっとずっと強烈なさびしさを持っていたのは、ここから来ていたんだと改めて気が付く事が出来ました。気が付いてはじめて解放ができるのだろうと、痛感しました。 お父さん! お仕事で忙しくて来れないのはわるけどでもでもそばにいて欲しかった! どうしていてくれなかったの!お母さんも一人で陣痛がきて両親も遠いところにいて一人きりで病院まで歩いていったの!お母さんもさびしくて私もさびしかった! とまず沢山の怒りがこみあげてきました。怒りの下には悲しみがつまっているといいます。 私は怒りを解放したあとすぐに大声で泣き叫んでいました。 さびしかったよぉ!!とてもさびしかったよ!! お母さんの分も感情を出していたのでしょうか。。意識は繋がっているのできっとお母さんの意識も来ていたのかもしれません。 えーーん!えーん!!さびしかったよ!!!! 沢山感じて泣いた後に、私は古い赤ちゃんの時の写真が映像で見えてきました。お父さんがだっこしてくれている写真を見て、ああ私は期待されて産まれてきてるんだ。待望の子供なのだ!お父さんは病院にこれなかったけれどお仕事で仕方がなかったんだ。私はこんなに抱っこされて愛されているんだ!と潜在意識レベルで受取ることができます。 私達は必ず母の胎内に宿り、必ず母の産道を通り道として、この世に産まれくるんですね。 人生の最初の地点 出産。 全ての感情や自分のパターンを知る重要な手がかりになることを体感しました。どうしようもない激しい怒り、どうしようもない寂しい感情があるのなら 自らの出生時のパターンがもし知っていたら、そこにフォーカスしていくと必ず最大限の癒しが起きる事を私は受取れています。 再誕生のあとの自分は、とても軽く本当に生まれ変ったような毎日を過ごしています。 |
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27歳 男性 ○ブリージング・セッション(2006年6月) それはブリージングを始めて半年たった頃、ブルーウィンズで5回目にセッション受けるために遠路、札幌に向け車を走らせている時に起こりました。運転中、ある時からなんとなく胸がもやもやし、吐き気を催し始めます。 数日前からひとりでブリージングをすると何かいやな感じがし、抑圧した感情を解放できずにいました。圧迫感、苦痛、パニックに襲われてさすがに自分ひとりで癒すのは困難、助けを求めたい気持ちになりました。今までたくさんの感情を解放してきましたが今回はいつもと違うように感じ、もしかしたらバーストラウマではないのかと感が働きます。そして急遽ブルーウィンズにお世話になったわけです。 運転中その胸のもやもや感、吐き気は幼い頃にもたびたび感じていたものでした。運転中は潜在意識が表面化しやすいという話を西谷さん聞いていたため、それが感情の抑圧から起こる症状であることにすぐに気づきました。運転しながらボーっとした意識の中でその抑えられた感情が何なのか探っていくと我慢を強いられたときによく起こったことに気がつきます。そんなに我慢することを強要されたのか? 親のしつけが厳しいと思ったことはありましたがそれは自分のためを思っての事、十分に愛情を受けて育ったことを自分は知っています。ただ愛情を受けたという実感は不思議とありません。自分はありのままでは受け入れられない、我慢強くなければいけないという気持ちがどこかにあったような感じがします。事実と異なるこのネガティブな感情はどこから来るのだろう、バーストラウマのせいだろうか? 原因を探るため母親から聞いた出産時の話と、自分の感、自分に起きた現実を組み合わせこのネガティブな感情がどのようにして起こったのか考えてみることにしました。 まず自分が着目したのは陣痛促進剤です。自分の出生は陣痛促進剤を使用して行われ、それは医師の都合による極めて不必要なものでした。調べてわかったことですが促進剤の使用は最悪の場合胎児を死に至らせ、無事出生してもさまざまな疾患が現れることが多いようです。このような人工的な分娩の誘発は子宮から出る準備ができていない胎児にとって無理やり出される感覚となり、相当な苦痛を伴うことが想像できます。 最近のブリージングで感じていた「圧迫感、苦痛、パニック」や助けを求める気持ちはこの出生時の再体験なのだと考え、その先どのような感情を抱き、どこでネガティブな勘違いを植えつけてしまったのか、たどるように想像していくことである結論に達しました。 翌日、早速その結論を西谷さんに話すとやはりそれは的中していていました。そしてブリージングで癒すことになります。 胎内時、陣痛促進剤使用(圧迫感、苦痛から助けを求める) ブリージングでは腕の激しい痛みとして現れました。 「痛い、苦しい」という言葉を自然と発します。 ↓ 出生中(抵抗、怒り) もの凄い怒りを感じ「やめろ〜」と叫びました。無理やり出されることに抵抗していたのだと思います。 ↓ 出生直前(助けてもらえなかった、自分は見捨てられたのではないか?) とても悲しい気持ちになり泣きじゃくりました。 ↓ 出生直後(まぶしい) もの凄くまぶしい感覚です、手が勝手に動きしきりに目を押さえます。 分娩台の照明のせいでしょうか? ↓ 出生後(見捨てられるという不安感) 不安で泣き叫びます、「お母さーん」と何度も呼びます。 出生後、赤ん坊はすぐに母親から離され別室に移されるケースが多いようです。 ↓ その後1(感情をごまかす) 叫び疲れたところで力がガクッと抜けます、そして舌打ちをはじめました。 欲求を満たせてもらえなかったため見捨てられた、愛されていない、嫌われていると思い込みます。 どうせ嫌われているなら自分から嫌いになればいいという感情が芽生え母親を拒絶します。 自分の場合、離乳が早い、スキンシップを嫌う、一人遊びが好きという行動がその表れです。 ↓ その後2(悲しさ、寂しさ、絶望感) 本当は寂しくて母親と一緒にいたい、もっと甘えたいというのが本心です。 それが得られなかったため自分は愛されていないという絶望感、悲しさが一気にでてきます。 これほど泣けることがあるだろうかというぐらい泣けます。泣いた後は寂しさがからだの寒気となって現れブルブル震えます。 ありのままでは受け入れられないという勘違いを起こし、成長していくと無意識に人に認められようと過剰な努力をするようになります。自己評価が低くどんなに努力しても自分を認められません、他人に支配されやすくストレスフルになり最終的に孤立を選択します。本当はもっと人に頼ったり甘えたかったりするのですが、拒絶されるのが怖く結果的にこの絶望感を二度と味わうまいと無意識に本心を抑えこむことになってしまいます。また、この抑圧の代償として不意に物欲や性欲としてがあらわれ、抑えるのが大変です。 ↓ 勘違いの感情を手放す(本来の自分を取り戻す) 寒気がしびれに変化していきます、それは最初不快ですが徐々に気持ちよさに変わっていきます。そして両手からビリビリと稲妻のようなエネルギーが湧き出てているのを感じました。もの凄い感覚で抑圧で奪われていたエネルギーが稲妻を通し宇宙から戻ってきているかのようです。今までに感じたことのない揺ぎ無い自信、無限の可能性を感じました。待ちに待ったバーストラウマ解放の瞬間でした。しばらくこの気持ちよさを感じセッション終了となりました。自分の場合、出生時の記憶が戻ることはありませんでしたが、意図的にイメージしたり、ブリージング中の気持ちを感じたままに言葉に出すことで確実に感情が湧き上がってきました。そのうち無意識に言葉を発するようになり感情が爆発します。すべてを吐き出し本来の自分に戻ったことを確信しました。 世の中にこんなことがあるのだろうかと思うようなの凄い体験でした。今回この体験を書くに当たりこのような事実をより多くの人に知ってもらいたいという思いがありました。自分の場合、陣痛促進剤による影響がありましたが、出生直後の照明のまぶしさや母親からすぐに離される不安、寂しさというのは実に多くの人が体験していることだろうと思います。そしてバーストラウマとして無意識に抱え込み何らかの形で現実として再体験していることでしょう。ここに書かれていることがそういった人達の癒しに少しでも役に立てばよいとも思いました。半信半疑で始めたブリージングですが実体験から、これこそが本当の癒しであることを今は自信を持って言うことができます。自分の内面向き合うため苦しいと思うこともありましたが、今こうして自分本来のエネルギーを取り戻すことができ喜びでいっぱいです。 ブリージングという方法、お世話になったセラピストの中村さん、西谷さんに出会うことができて本当に感謝しています。これから自分は取り戻した揺ぎ無い自信と無限の可能性を胸に第二の人生を歩みたいと思います。そして湧き上がるエネルギーを多くの人に分け与えて生きたいと思います。 |
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31歳 女性 ○チャネリング・セッション(2006年5月) 深呼吸しながら、メッセージを受取れるように、自ら心の準 備をする。少し緊張しながら呼吸を感じてみる。。 私のガイドさんが来てくれているようである。 ei-chan あなたは**さんのガイドさんですね? ガイド はい。そうです。あなたとはとてもとても深いご縁があります。過去世から深いつながりがあります。 私 最近レムリア、アトランティスという言葉にとても反応しています。今までその意味もよくわからなかった私ですが何かのメッセージでしょうか? ガイド あなたの深いところでは自らのルーツ、本当の自分の魂の姿を見たいという欲求が現われてきているからです。 私は今年の春頃にとてもシンプルな事かも知れないが今までの自分はずっとずっと長い間、じぶんに嘘をついて生きてきたということが深いところから感情となり現れてきた所だった。じぶんにうそをつくことで、じぶんをまもっていたそうせざるよう得なかったもう自分にはうそをつけいないということを認め始めているところだった。 私 本当の自分に出会いたいもっと深く自分探しへの旅の出発点にいる所でした。 ガイド 自分の答えを見つける。自分の答えは自分の中にあり本当に求めたら答えは見つかります。自分をもっともっと見ていってください。 私 私の使命、ここにいる意味を自分に答えがあるのだとは思うのですが、何かヒントなどあればお願いします。 ガイド あなたの今までの経験を振り返ってください。全ては積み重ねである。それがあなたの方向性を示している。あなたが本当に望む事はいったい何か。本当にしたいことは今までの人生を通して見えてくるはずです。 私 私は幼い頃からか、それとも、もっともっと遠い過去からの感情からか月がこわかったのです。見れば見るほどこわくていました。吸いこまれそうななんともいえいない恐怖感がありました。これは何を示していますか? ガイド あなたは女性性を女性エネルギーを恐れていたのです!!もっと自分の女性性を認めて表現しましょう! 全てのメッセ‐ジが今の私にパーフェクトに必要でした。月を見て恐れを感じていたこともそれにより、自分の女性性を否定して恐れていたことを気付かせてくれた。恐れをまず認めたとき、認めてはじめて解放に向かう。 女性エネルギーを受取り女である事を受け入れ、たのしもう!もっともっと表現しよう!と心から思えることができて、嬉しい。 そして自分をもっと見て発見していこう。自分に正直にいこう。恐れたらまず恐れを感じていこう。感じきったら必ず解放にむかう。そして自分のあるがままを認めて受け入れられ自分がそのままの自分を愛せるのだ。 ei-chanのチャネリングによって素晴らしいメッセージと気付きを受取れている。 ありがとうございます。 |
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27歳 女性 ○チャネリング・セッション(2004年10月) チャネリングを受けてからもう半年近くたつが、受け取ったメッセージはいまだに色 あせることなく私を導き、勇気付けてくれています。色あせるどころか、自分が成長するにつれより深くメッセージを理解できるようになり、ますます鮮明な輝きを放っているようです。 その頃の私は未来に全く希望が持てず不安ばかりで、すがれるような具体的なメッセージや予言めいた断定的な言葉を求めていました。例えばあなたの使命は〜です、とかあなたのソウルメイトはこうこうこういう人です、とかいついつ出会うでしょう、とか、迷っていることに関しては〜しなさい、と正しい方法を教えてくれることを期待していました。 だが、実際のメッセージは「したいことをすればいい」え!?と驚いたが、よく考えたらその通りです。ここでもし「宝塚に入ってダンサーになりなさい!」とか「アフリカに行って動物の写真を撮るのがあなたの使命です!」なんていわれたら、どうしたらいいんだろう・・・。と思う。自分が心からしたいこと、望むことが自分のするべきことなんだなあ、と改めて気がつきました。自分が何をしたいのか、何を感じているのか、自分の気持ち、がわからないから人から教えてもらおうなんて、しょうがないなあ・・・。「自分のしたいこと」より「人から言われたこと、期待されていること」をすることになれきってしまった弊害かな。「自分自身をもっと深く見ていきなさい」というメッセージもしっかりといただきました^^。 そして、特に印象的だったのがパートナーに関する質問です。その頃パートナーがいなかったのでそのことについて質問すると、「もっと自分自身の価値を認めてください。愛される価値があると認めてください。今の状態だと、パートナーができても苦しむでしょう。パートナーがいれば幸せになれる、というものではないのです。」う〜ん。このメッセージは、今でもよく思い出します。本当にその通りなので。自分で自分を愛せていなかったり愛を受け取る準備ができていないと、一人の時よりも苦しむことになるんですよね。愛を与えてくれる王子様のようなパートナーができれば、全て満たされて苦しみや寂しさも消えるわけではないんですよね〜。全ては自分次第。深いメッセージでした。 その他にも、亡くなったおばあちゃんからのメッセージや仕事のこと、人間関係のことについてもいろんなメッセージやきづきをいただきました。なんというか、押し付けがましい説教師やメッセンジャーではなく、すごく深い叡智のある禅の導師の禅問答を受けた・・・というようなさわやかでじんわりとした感動がありました。 そして最後に「自分がどういう人間になりたいのか、もっとよく見てみてください。自分の深い部分にある願望は、あなたのなるべき姿なのです。もっと自信を持ってください。あなたにはその価値があるし、自分がそうなることを自分に許してください。そうすれば、そのようになれるのです。」これを聞いたときは、正直言ってよくわかりませんでした。でも最近になってやっと自分を押さえつけたり阻んだりしているのは自分自身なんだ、自分に価値がないと決めてしまっているのも自分自身なんだということがわかってきました。今でもまだ自分を許したり自分の価値を認めたりということが完全にできているわけではないけれど、きっとなりたい自分になれる!と信じることができるようになりました。 チャネリングの後の雑談で・・・。 ei-chanに「チャネリングって特別なことじゃなくって、普段目にした言葉や読んだ本や人に言われたことなんかから受けとってるんだよ〜。」ふうん、そうなのかあ。と思いながら、帰りに寄った喫茶店で昔懐かしい感じの「星座別占いおみくじ」がおいてあった。なんとな〜く心引かれてひいてみると、大吉。そしてタイトルが「あなたはみんなの太陽」。これがei-chanの言っていた日常のメッセージでしょうか。今でもそのおみくじはお財布の中に大事にしまってあります。 |
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41歳 男性 ○ブリージング+催眠療法(2004年11月) 登山では、それまで森に囲まれて自分がどこを歩いているか見当がつかず、このルートは正しいのか?先に進むべきか戻るべきか?自分を見失い、苦しい不安な気持ちを抱えながら歩いていると、突如として見晴らしの良い稜線に飛び出ることがあります。そこでは頂上は近くに見え、今まで苦しい気持ちを抱えて歩いてきた道のりもすべて見渡すことができるのです。 「あぁ、あそこはあのようになっていたのだな。あそこは引き返さなければ良かった。なぜ右に折れたのだろう。でもこんな道をよく来たな、苦しかったわけだよな」そう感じると、不思議と疲れもとれ、間近に見える山頂に向かう脚も軽やかになるものです。この感覚は山に登ったことがある方なら誰もが経験されることでしょう。 セラピーを受け1週間経た私は、今ちょうどこの見晴らしの良い稜線に立っているのです。過去の道のりを振り返り、その内容が良かろうが悪かろうが、それを今じっくり味わうことで、不思議なことではありますが、明日へ向かう足取りがものすごく軽くなっていく=「すべては私にうまくいく」感覚を感じ、それが日々増しているのです。 私が自分の内面の感情を深く意識するようになったのは3年ほど前のことです。ふとした事がきっかけで、対人恐怖症の一歩手前のように、他人と話すと胸の辺りから、ぎゅうっと苦しい感覚、そして上体全体が硬直していくような感覚を覚えるようになったのです。私の仕事は営業ですから事態は深刻でした。カウンセリングを受け、症状は改善されたのですが、その後もその感覚がなくなることはありませんでした。 そのほかにも、常に心にブレーキがかかっている感覚がありました。「楽しくやりたい」、「お金をたくさん手に入れたい」、「その役をやりたい」と脳がいくら思ってアクセル全開にしても、心がフルブレーキをかけているのです。だから全然進まない。そして体も心もヘトヘトになっていくのです。周りからは"何もしてないのに何で疲れてるの"と何度思われたことでしょう。きっと何か心の中で解決を望んでいる部分があるのだなと、かねてから感じていたところで、BLUE−WINDSとの出会いがありました。 西谷先生には心の領域について時間をかけて教えていただきました。なるほど、いくら本を読んで知識を詰め込んでも、なぜ自分がこうなのか分からないわけだ、と納得したところでいよいよセラピー開始です。何が出てくるやら・・・ 床に横たわり、西谷先生が隣に座ります。教えられた呼吸法を数分続けながら意識を中に集中させていきます。いろんな想いや場面が頭に浮かんでくるのですが、どれにフォーカスしていいか戸惑います。しかしそれも流れの過程だと思って受け止めていると、やがて1歳の頃のある出来事の場面が意識のほとんどを占めるようになりました。私は生まれた家を外側から見ています。映画のカメラがパンするように家の居間に入ってゆき、狭い部屋に和布団が敷かれ、その上であぐら座の父が上機嫌で熱燗を飲んでいる姿が見えます。(この場面は私の記憶の一部であることは以前から認識していました。)父が手招きして僕にお酒を勧めています。ちょっとでいいから飲んでごらんよ、と笑顔で僕をひざの上に乗せます。僕はとても甘えた気分になり安心感に包まれています。このお酒を飲むと父はすごく喜ぶんだろうな・・・飲みたいなー・・と思っていると、母がヒステリックに父をなじる様子が感じられました。それは様子だけで、見えないのですが大変険悪な雰囲気が心に伝わってきます。みるみるうちに父は記憶にある恐ろしい顔に変わり、小さな僕を掴むと部屋の隅に投げ飛ばしました。僕のことで父も(ここではじめて気がついたのですが母も!)こんなに恐ろしい状態になっている・・・恐怖が僕を襲います。今、横たわっている私の体ががたがた震え始めたのが分かりました。"お父さん、お母さん、もうやめてぇ"と頭の中の"僕"は叫びます。"私"の体はがたがた震えます。突然場面が変わり、母に物置に閉じ込められ助けを求めて叫ぶ僕。父を罵倒する母。さらに場面が変わり、母にトイレに閉じ込められた僕。その向こうで言い争う父と母・・・場面が次から次と加速しながら変わります。"私"の体の震えは止まりません。さらに"私"の下腹部には誰かが上から乗ったかのような重苦しさが感じられ始めました。 ここで西谷先生に促され、大声で押し殺していた気持ちを声に出して叫びました。"こわいよー""重たいからどけてー"・・何度も叫びました。それでも震えも重みも変化が無いのです。西谷先生に「意識を親から自分に戻して」と何度も言われてやっと"私"の体から震えが止まりだしました。 「あなたは両親の感情を感じやすかったのね」「人の気持ちや感情をとてもよく感じることができる。それが貴方の素晴らしい価値なのよ」と西谷先生。そうか、両親の感情を受け止めて、仲の悪かった二人が何とか仲良くなるように、自分の感情を押さえ込んでまで何とかしようとしていたんだ・・・・僕は"怖いよー"とも言えずに・・ 「だから今、その気持ちを声に出して!」西谷先生に言われ大声で叫ぶ私。何度叫んだことでしょうか・・やっと震えが完全に止まり、気持ちも落ち着いてきたのですが、下腹部の"重み"はさらに増してゆきました。驚いたことにそこだけではなく、両足と両腕、肩、首のあたりも同様に上から押さえつけられたように床に圧迫され始め、とうとう身動きが取れない状態になってしまったのです。 その状態について西谷先生に告げると、「それがかつての貴方の姿なのよ。貴方の今の体でそれを感じてあげて。」「はい」と私。・・・なんて不自由なんだろう。これは苦しい・・・ 西谷先生「当時の小さかった貴方に、今の貴方が会いに行ってあげて・・・」 その一言で今の"私"と昔の"僕"は一つになり始めました。涙が止めようもなくあふれ出ます。「なんてことだ。こんな状態で40年間も・・こんな身動きできない不自由さの中で生きてきたなんて。自分を動かせず他人の感情ひとつで右へ左へと動かなければならなかったなんて・・・なんてかわいそうなんだろう、なんて悲しいんだろう。あぁ、なんてことだ」もう一人の私=僕は「解ってくれてありがとう。それだけでうれしい」と泣いています。うまく言い表せませんが"僕"が癒され、それを見ている"私"は暖かな気持ちになっていったのです。やがて幼い"僕"とさよならをするときが来ました。私に向かって"僕"は「ありがとう」と一言。そして金色の光に包まれた状態で(そんなイメージです)彼の後方へ遠ざかっていきました。 ・・余韻を味わう私。・・先生が何か言っているが上手く頭で理解できない・・ 「貴方は今ここを離れ、とても高いところに・・(聞き取れず)」と西谷先生。 高いところと聞いて2年前に登った白雲岳を思い出す。それは標高2200メートルを超える 山で、大雪山系を360度見渡せるロケーションが素晴らしい。私はイメージの中で一人その頂上に立っていたのです。記憶の中の景色に見とれていると、私の右手の手のひらを誰かが両手で包み込んでくれました。そして左手の手首は誰かが片手で掴んでいるのです。誰だろうと思い西谷先生に尋ねると「誰も触っていませんよ」との答え。 まぁいいや、とそのまま感じていると、今度は左手の親指にひものようなモノが巻きついてきてくぃっ、くぃっ、と上に引っ張ります。 そのとき西谷先生が「・・・・もっと高くに・・・(他は聞き取れず)」 上に行けばいいのか・・直感的にそう感じ、私は山頂を離れ上へと目指しました。まるで映画の一場面のように地表から上昇していきます。人口衛星の高さを超え、月から見る地球、太陽系の形、銀河系の形が見えます。まだまだ高く・・・もう星は見えません・・・ここはなんだろう・・きっと暗闇の中なんだろうけど全然嫌な感じがしないなぁ・・・・・ しばらくそこにいる間、私は自分の体がものすごく軽くなっていることに気がつきました。 こんな軽さ、今までに無い!というくらいです。下腹部の重みはもうないし、慢性的に痛みのある首筋も痛みが消えていることに気がつきました。 「そろそろ戻ってきましょう・・」と西谷先生。来た道を引き返す私。山頂に戻ったところで、西谷先生は私を現実に戻してくださいました。 私の手を掴んでいた"なにか"はすでにそこにはありませんでした。 こうしてセラピーは終了し、その後、先生と今回のセッションの意味を確認しあいました。 今回受け取ったことは何?と問われ、即座に出てきた答えは「自分が自分のままでいても良いのだということ」「自分は意味のある存在であり、それだけで価値があるのだ」でした。 それ以上のことは、セッションでいろいろありすぎて頭の中ではまとまりません。「これから一週間で、いろいろなことがわかってくるはずです」と先生から励まされ、ほんわかな気持ちで満たされつつ家路についたのでした。 翌日からはいろいろな変化が現れました。まず驚いたことは他人の感情が気にならなくなっていたことです。今までは相手の感情に対して、相手が望むような反応が自動的に私の中に起きていました。軽蔑まじりの憤慨の感情に対しては、自分を低く卑下したり、怒りの感情には、それが別のものに向けられていたとしても自分へのものと感じて、不安で落ち着きを失い、悲しみの感情には、持ちもしない同情心を演じて自己嫌悪に陥ったりしていたのです。なぜそうだったのかという理由がわかり、同時に他人の感情がほとんど気にならなくなったのです。「それらは相手が感じている感情であって、自分とは関係がない。今ある自分でOKだ。今の自分を信頼しよう」と思える自分に気がつきました。これは私にとっては大変な進歩であり、すごく嬉しいことでありました。 会社にいるときの"ゆがんだ自意識"からも開放されつつあります。評価されんがためだけに努力し、その成果について常に周囲の視線だけを意識していた自分。そこには自分が無いからいつも誰かににらまれ、胸を締め付けられる思いをしていました。今では不思議なことに"視線"も"圧力"感じなくなり、とても楽に"居る"ことが出来ます。あるがままの自分でも、自分がそれを認めれば、それでいいんだ、という感覚でしょうか。 自分の仕事についても見方が変わりました。これまではどこか"卑しい"と感じていたところがあるのですが、そのようなことは少しも感じることがなくなりました。積極的な気持ちも少し出るようになり、お客様に自信をもって話が出来るようになったと思います。さらには未来に向けたヴィジョンも、おぼろげながら描けるようになりました。 勿論、いい変化ばかりではなく、少しショックな"気づき"もありました。それは、自分が嫌だなーと思う人たちは、すべて自分内部の投影だったことに気がついたことです。 「人を見下す」「人をなんとか思い通りに動かそうという傲慢さ」を人の中に見出して感じることが多かったのですが、なんと、自分自身が「人を見下し」「傲慢」な人物であったのです。特に女性に対する見下し方は根が深いようです。表面ではフェミニスト面をしながら実は見下している・・・ちょっとショックでしたが、今はどうしようもないのでこの気持ちを受け止めておくだけにして、少しずつ整理していこうと思います。ここで気がついたということは、今後大きな意味をもつだろうと思うのです。 こうしてセラピーを通して、自分が歩いた道を見晴台のようなところから見ることが出来ました。その道のりを味わいながら、今後進みたい道に意識を向けると、気持ちも体も"軽く"なっていることに驚きを感じています。これから自分や自分の周りに起きてくることを想像すると、なんとも言えず"わくわく"してきます。来月のことを考えて電卓をたたいて暗い顔をしている自分は、もはや存在しません・・・ この体験記は、再び迷わないように自分自身の道しるべとして書いたつもりです。同時にこの道しるべは同じ登山仲間のためにも役立つことでしょう。いつか同じ経験をシェアできることを信じて、この体験記を終えたいと思います。 |
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22歳 男性 ○ブリージング+催眠療法(2004年2月) 【セッション翌日の感想】 自分の中にあれだけ感情がぎゅうぎゅう詰めになっているとは思っても見なかった。否定的な感情だけ詰まっているのかなと思ったら、笑いとか、やさしさとか、そういったものまで出てきたのには驚いた。セラピーを受けた後からわかったのだが、会社勤めになってからというもの、心の底から笑ったり、楽しんだり、喜んだりした記憶がない。気の知れた友人知人が周りからいなくなったせいもあると思う。笑ったり、はしゃいだりできない。だから、心の奥底に他の感情といっしょになってしまっていたのかも知れない。多分、まだまだ心の奥底には否定的な感情がたくさん眠っているのだろう。 生まれて初めて【平安】というものを感じた瞬間かもしれない。【何も守るものはない】と思うことができたのもあのときが初めてだった。イメージの中で手枷足枷を外し、ただ、大河の上に漂う自分・・・・・・。なんともいえない気持ちだった。こんなに楽な気持ちになれるものかと。本当に不思議な体験だった。 左腕が精神的なものから来ていることは実は知っていた。ただ、確信をもったのは前回参加したセミナーのときだった。それでいてサポーターを身に付けていたのは、自由になりたいと思いつつも束縛されていたいという自分の想いから来ていたのかもしれない。 イメージの中で雪原にひとり立っていた人が自分だということには、後ろに立ったときに気がついた。イメージの中でその人が発していた波長が自分のものと完全一致したからだ。自分と重なり合ったときに感じた、その人の中にあった不安感は自分が抱いているそれと同じものだと気づいたときに、「この人は不安がっている。そうか、これが俺の抱いているもののひとつなんだ」って思った。それと同時に「この人は可哀想だ。」とも思ったのだ。そのとき、初めて自分が抱いている不安というものを認めてあげられたのかもしれない。 不安感を認めてあげると、体の外側から内側に向かって暖かくなっていくのを感じた。まるで、自分を、自分の心をやさしく包み込むかのように・・・・・・。この温かみが何を意味するのか、私にはよくわからない。ただ言えることは、まだ自分にはそういった温かみを感じることができるということだ。 楽しかった。純粋に。当初はセラピーの予約を取るだけのために相当悩んだものだ。でも、受けてよかったと思う。自分の知らないところには、自分が知らないうちに封印してしまったものがあるんだな。自分を知るのは怖いよ。でも、自分を知ることが、今後の自分の力になることは知っていたし。でも、でも、やっぱり怖かった。でも、やっぱり受けてよかったと思う。 インナーチャイルドという言葉がある。直訳すると「内なる子供」といったところだろうか。実はいくらやっても自分では接触することが出来なかったのだ。自己催眠をかじったとはいえ、自己催眠で会えるかどうかさえ、少々疑問だったりする。だから、セラピーで会えたときには何もいえない気持ちになった。自分では気づいてあげることも出来なかった、もうひとりの、小さな小さな自分。だから会えたときには、泣くことと謝ることしかできなかった。姿形はよくわからなかった。黒い・・・・・・影みたいな感じだった。いつか、大きな私にお顔を見せてくれるのかな? 唐突に出てきた真っ白な雪原のイメージ。リアルな自分が想像することが出来なかったもののひとつ。自分が好きなものは、風と、青空と、雪。ちょっとBlue Windsと重なってるな。でも、その好きなものというのは、同時に嫉妬の対象でもあった。風も、青空も、真っ白な雪も、純粋なイメージがあったからだ。普段、いくらイメージしても空は灰色、雪も黒くなりがち。風のイメージなんてまったくできず。そんな私の心の中にも真っ白な雪原はあったらしい。そのときの空は灰色だったけどなぁ・・・・・・。探せば見つかりそうな、そんな気がした私の心。 家に帰って、適当に夕食を取って、水を結構飲んで布団に横になった。セラピーのことを思い出すと、小声で笑ってしまった。ブリージングで笑い転げていたのを思い出したのだ。自分の布団の上で少しの間、小声で笑っていた。そのとき鏡を見たら、きっといい顔で笑っていたと思う。久しぶりに笑ったような気がした。そんな楽しい思いをしながら、小声でつぶやいてみた。「おやすみなさい♪」 【セッション1週間後】 セラピーから1週間が経ったわけですが、自分にわかる範囲でも変化が現れました。以前より【笑える】ようになりました。笑う頻度は以前と同じくらいなのは変わりませんが、いい顔をして笑っています。別に自分笑っているときの顔を見たわけではありません。でも、以前の上っ面だけで笑っているときと何かが違うのです。心の奥底・・・・・・まではいかないですが、何か依然とは違う感じなのです。大分【恐れ】や【不安】に対しても反応が変わったのを感じます。自分では何故かはわかっていません。セラピーのおかげなのは間違いないのですが、これだけは私にはよくわかりません。 先日、大雪が全道を襲ったようです。そのときに、私は今後のことを見越して「セラピールームまでの道順と走行時間」を調べるためだけに札幌に向かっていました。(爆) 他にも2つ程試験する予定ではありましたが。天気予報など1ヶ月以上見ていなかった私は、何も知らずに家を出発。三笠付近で吹雪になったので琴似に行くのは断念。しかし、別件でとりあえずは札幌まで行きました。途中で1度、対向車線側にスピンさせています。幸い、中央分離帯があったおかげではみ出すことはありませんでしたが・・・・・・。 札幌で用事を済ませたまではいいものの、天候不良でなかなか出発できず。天候不良よりも、行きのスピンが頭に引っかかっていたので出発できませんでした。スピンへの恐怖、走りなれていない道を走る恐怖、その他もろもろ。次の日は仕事なので帰らないといけないのに帰れないという苛立ち。もうどうでもいいという、投げやりな感情。無理に出発してもよかったのですが、そういったものを抱えて走ると事故を起こすことは知っていたので、半ば諦めて感情を感じていました。今考えると、有意義な時間だったのかも知れません。 そうしているうちに、雪は雨へと変わっていく。私の表面的な意識は「(気象・路面状況的に)走り始めるにはまだ危険だろう」という結論を出そうとするが、とりあえず悩んでしまう。少しの間、悩みつづけているうちに「行けそうだ」と結論を出しました。その結論を出した途端に支配していた感情が変わっていくのを感じました。 以前なら、「何とかなる」とか、そんな感じだったのに、そのとき感じたのは「今のおまえならやれる」という強い肯定の感情だったのです。どこから沸いてくるのかわからない【自信】とは違う、不思議な感覚。何年も感じることのなかった感情。まるで、自分の中のもうひとりの自分が後押ししてくれたような、そんな感じ。おかげで、自宅に帰れました。もっとも、対向車線側にスピンして、またしても中央分離帯に助けられましたが・・・・・・。 ずいぶんと変わったものだと思います。不思議なくらいに。でも、まだ目を背けたくなるようなこともあるし。ただ、今の私にひとつだけ言えること。それは、「今、【自分がここにいる】という感覚を感じることが出来る」ということ。それは、少なくともセラピーの前では感じることの出来なかった感覚。自分というものが希薄だった頃には考えることも出来なかった感覚です。「我、思う故に我有り」と誰かが言ったそうですが、今のこの感覚がそうなのかも知れません。 自分の感じたことというのは、なかなか文章にならないですね。ただ、文章にならないその想いや感覚というのは、その人の中で磨き上げられた宝石として心の内側から光り輝くのかな、と何気なく考えてしまったりします。そして、そういうものが自分の心の内にあったらいいな・・・というのが私の本音です。 |
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38歳 女性 ○ブリージング・セッション(2003年5月) 私は、二年位前から前世療法を4回受け、そして今年2003年の5月にブリージングのセッションを体験しました。前世療法では、その時の心のしこりのようなものを探るために、とても役立ちました。そして、ある人との関わりでスムーズに行かない理由がわかり、今後どうしたらいいのかを自分なりに考える事ができて、気持ちが楽になりました。それまでは、頭の中にある理想どおりにはなかなか行動できず、自己嫌悪に陥ったものですが、誰から言われたわけでもなく自分自身が心から思える事はできるのです。その問題に向き合うための、安心と自信を得られたように思います。 私は幼い頃から、父親に大声で笑う・泣きわめく・怒りを発散する・意見を言う・・等の感情表現を一切止められてきました。長い間続けてきたので、私にとっては何の苦痛も感じらず、またそう思い込んでいました。今思うと何とも不自然で窮屈な事です。父はとても威圧的だったので、私は自然と学校などの友人関係でも人に合わせる事が多く、相手が「怒る」事のないように・・と、そういう形で自分を守ってきたように思います。何か起きても、自分の感情を殺す事で、自分が関わらない事で、ある意味での「楽」をしていたのかもしれません。つい最近、10代後半位に「人生は辛いことを乗り越えて成長していく。私は今まで何もなく、平穏に生きてきた。もっと苦労しなければならない・・」と、心の隅で思っていた事を思い出しました。驚きました。自分にはこんなに辛いであろう事が沢山あったのに、私は本当に何にも感じてはいなかったのだろうか・・と。きっと、さっきの「楽」をしていた感覚に対してだったのではないかと思います。自信を持って自己表現したり、100%の力を出してみたいと思ったに違いありません。そして、それに深く気づくきっかけとなったのは「極度の緊張」という症状でした。100%どころかどんどん小さくなっていく自分を感じました。めまいを感じる程の緊張があったり、家で一人の時でも心臓の鼓動が高鳴る事に不安になり、苦痛を感じるほどでした。だましだまし乗り切ってきたつもりですが、だんだん疲れてきてしまいました。精神安定剤に頼りたい気持ちを頑なに抑え、ここから脱出したい!と強く願うようになりました。身近に、安定剤にどっぷり浸り、悲しい一生を終えた人を見ていたので、それは絶対にしたくないと思ったからです。 そして、ブリージングのセッションを体験しました。正直なところ、あまり期待していませんでしたが、受けた後の私には以前とは違う変化が現れています。つい先日、大の苦手な小学校のPTAの集まりで進行役を務めた時、多少の緊張感はありましたが、激しい動悸や頭痛は起きませんでした。「アレ?どうしたんだろう。何だか普通みたい・・」となんだか嬉しくなりました。私にとって、こういう場では長い事味わった事のない何とも不思議で幸福な感覚でした。 ブリージングを受ける前「きっと私の感情のブロックは硬いだろう・・」と思いながらも「何も出てこなくてもいいや。自分にまかせてリラックスしながら呼吸をし続けよう」と決めて、真美さんに見守られながら安心して呼吸をし続けました。すると、心の底から「怖い」という感情が出てきました。幼い時にお仕置きでトイレに閉じ込められた時の記憶です。幼い私は、泣きもせずわめきもせずにじっと入っていた事を思い出しました。私が悪いのだから・・という思いと、感情を出す事でもっと父からの仕打ちがエスカレートする事を知っていたからです。沸きあがった感情とともに「出してー!怖いよー!怖いよー!」と泣き続けました。言葉に出すと、自然に涙が溢れます。そして、次は「嫌だー!」という言葉でした。父からのスパルタ式の習い事の場面です。(父からの怒鳴る・蹴るなど・・)。私は「嫌だー! 嫌だよー!」と長く言い続けながら、だだをこねる子供がするように足をバタバタさせ、思い切り泣きました。(こんな気持ちだったんだ・・本当は。)しばらくそのままの時間を与えてくれた後、「古い感情を解放したところに、どんな本質を受け取りたいですか」と言葉をかけてくれたので、私は「勇気」を受け取りました。そして、「あなたは、愛と自信に満ち溢れています。」と言いながら、優しさと愛に満ちた波動を送り込んでくれました。光に包まれている自分を感じているのは気持ちがいいものです。終わったあとは、重たい荷物を手放したような爽快感を味わいました。 この2つの事でこんなにディスチャージ(解放)できるとは思ってもみませんでした。嫌な思い出ではありましたが、自分が悪いのだから・・と我慢していた事だったのです。 その後、家に帰り一人でブリージングの呼吸法をやってみました。また「怖い」という感情が出てきました。すごく震えがきます。「やめて」と口に出した後、たくさんの人達から鞭で打たれている感じがました。しばらく「やめて!」と言い続けているうちに、今度は自分も他人を鞭打っているような感じがして、今度は「ごめんなさい!ごめんなさい!」と、泣きました。 すごく驚きました。自分が人を打っているなんて信じたくありません。本当に打った覚えもありません。前世なのか、それとも気がつかないうちに人をひどく傷付けてきたのか・・。 私は、人の中に出ると極度に緊張して「人が怖い」と思い、自分を被害者のように思っていましたが、「自分も加害者なのか」と視点を変えられた事で気持ちが変わりました。「怖い」と思うと人の顔をなかなか直視できないものですが、この時一人一人の顔を思い浮かべて、表面だけでなくその人自身をも余裕を持って見られる気がしました。 あと、父親から感情表現を止められてすごく悲しかった事も一つ一つ出しました。そのためにあきらめてきた事があったことも思い出しました。(途中で電話が鳴り、中断してしまいましたが。) 私に緊張を引き起こす恐れの原因が、無意識(潜在意識)の中にたくさん詰まっていて、それがどんな事であるにせよわかれば治るのだな、と実感できました。見たくなかったり、知りたくなかったりする出来事もあるかもしれません。でも、一瞬きちんと向き合えば消えるのです。一番大切なのは、「今」なのですから・・。無意識の方が表面意識(顕在意識)よりも多いと知った時、開放したい、と思いました。気持ちよく生きたいですから・・。 真美さんが話してくれた「どんどん感情を解放しクリアにしていくと、心の扉が開いて与えられるもの、受け取るものも増えてきますよ。」という言葉が印象に残っています。私の緊張は、長い間本当に苦しかったことですが、今となれば一歩階段を上るきっかけとなり、症状として出てきてくれて良かったかな、と思います。出て来た時が自分にとってのチャンスかもしれません。まずは自分をですが、家族ひとりひとりを温かい目でみつめていきたいな・・と、改めて思いました。 |
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24歳 女性 ○催眠療法(2002年7月) 私は西谷先生のセッションを4回受けました。この4回のセッションで私が感じた感想を書こうと思います。私は、小さい頃からみんなから嫌われるのではないか、私から離れていくのではないかという強い恐怖感に付きまとわれていました。それが、恋愛関係、友人関係にずっと現われていたと思います。いつもびくびくして思ったことが堂々と言えなかったり、傷つくような言葉を言われても、言った相手を気遣い傷ついていないふりをしたりしていました。そして、彼との関係でも。きっとそのような私には魅力を感じなくなったのでしょう。でも、その時は自分の内面がそのような現象を引きつけているのだということはよくわかりませんでした。 彼に振られ、落ち込んで、なぜ自分はいつもこうなのだろうと考えている時に、たまたま、インターネットからHPをみつけ、西谷先生のセッションを受けることになりました。 1回目のセッションでは、緊張もあってかほとんど感じることができませんでした。セッションの始まる前にトイレに行ったにもかかわらず、セッション中にもすぐ行ってしまいました。西谷先生の説明を受け、その人なりのプロセスがあるから焦らないでやっていきましょうとのことでした。でも、何度もトイレに行ったりすることは、嫌な自分の内面を見る抵抗だったということが後からわかりました。2回目のセッションでもイメージは出てはくるものの、感情面がほとんど感じられず、ブロックが固くて自分はこのセラピーには向いていないのではないかとも思いました。感情面が全然出ない理由を先生から聞き、犠牲者でいたい自分がいるのではないかと。そして、アドバイスとして一緒に住んでいる母親に少しでも手伝いをするようにと。できるだけ、そのように素直に実行してみました。そうしたら、少しずつ母親への感謝の気持ちがもてるようになりました。後から振り返ると私は結構、人のせいにしている部分が多く、人への感謝の気持ちがなかったと思います。自分の本当の内面まで行くには、自分の問題を自分の責任として受け止める姿勢にならないとだめなのだと思いました。その甲斐もあって3回目、4回目のセッションでは、自分の奥深くにあった感情が堰を切ったように出てきました。自分の中にあったインナーチャイルドやトラウマをはっきりと感じることができるようになり、自分の中の押し込めてあった感情を解き放つことができるようになりました。 セラピーを受けて気づいたことは、自分の問題を人のせいにするのではなく、自分自身の問題として受け入れ、それに真正面から向き合おうとする心構えが大切だということです。また、それにはまわりの人への感謝の気持ちを持てるようになることが、自分の感情のブロックを解きほぐす為に一番大切なことだと思いました。 現在は以前よりも、「人から嫌われる」という恐怖感はかなり薄らいで、とても楽に明るく生きているような感じがしています。 |