Every day I listen to my heart

    本来の自分を取り戻すストーリー    by Mami Nishitani
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本当は大好き

2006.09.30 Saturday | 人間関係

ずっと小さい頃からお母さんの抱っこを嫌がるY君は今4歳。なんとか抱っこをできるようになりたいと、抱っこセラピーに二人で来られた。
Y君は勘がするどく大人の心を簡単に見ぬく。言う言葉も驚くほど的を得ていて表現力も素晴らしい。けれど心の深いところには、苦しい気持ちを抱えていることを感じた。

出産は難産で、吸引、陣痛促進剤、お腹の上に乗って押すなど、あらゆる手を使ったが、なかなか出てこれなかったのだそうだ。だからなのか、Y君は時々「引っ張って!」「苦しい」と言ったりするという話をお母さんから聞いた。

Y君に直接聞いてもみた。

「お腹の中にいた時はどうだったの?」
「ここにいたくなかった。生まれたくなかった。だってお母さんいじわるするんだもん」

「生まれる時苦しかったの?」
「うん、すごく苦しかった」

1回目の抱っこセラピー。
のけぞり暴れ、ものすごい状態になった。
「苦しかった!」
「お母さんなんて大嫌い」
「どうせY君のこと嫌いなんでしょ」
「Y君あした死ぬから。ミミズのように干せからびて天国にいくから」
「お母さん抱っこしないで。もうY君死ぬんだから」
「Y君なんて死んだ方がいいんだから」
「神様、どうかチチンプイプイあした天国に連れていってください」

私も聞いていて涙が溢れてきた。こんなにまだ幼いのに、もう心の深いところに「自分なんていない方がいい。死にたい。」という気持ちを持っているせつなさ。大人になるまでこの感情を持ち越すとどんなことになっただろう。抱っこセラピーを知っていてよかったと、心から思った。

終わったあとも、まだ余韻が残っていて、
「もうここには絶対こない!」
「抱っこなんてしない!」
「早く帰ろう」
と怒り泣きが少し続いた。
だんだん落ち付いてきて、帰る頃にはちゃんと私にバイバイしてくれた。

「またおいでね」というと
ちょっと不思議そうな顔をしていた。

1週間後、どうしても待てないとのことで、2回目の抱っこセラピーに来られた。

Y君はすたすたセラピールームに入り、もうリラックス。ここにはもうこないと、あれだけ嫌がっていたのに解放されたんだな、と思った。

いつ抱っこセラピーをするのか気にしていたけれど結構まんざらでもなく、楽しみにしている感じだった。

「さあ、やるよー!」というと、鬼ごっこのように逃げ出した。つかまえてお母さんが抱っこ。私は足の方でサポート。
今回はお母さんもコツをつかんだようで、
「あっ、わかった! あの時あれを買ってほしかったんでしょ」
「そうだよ、買ってほしかったんだよ、お母さんのバカーーーっ!」と大泣きをする。
「お母さんとお父さんケンカばかりして、イヤだったんだね」
「そうだよ、すっごくイヤだったんだよ〜」とまた大泣き。
「お母さんのこと本当は大好きなの。でももう少しで嫌いになりそうだったの。だっていじわるするんだもん。もういじわるしないで。」

本音がバンバン出てきた。

そんなふうに何度か大きな解放が起き、苦しい気持ちはもうなくなったとY君。「また苦しくなったらお母さんと一緒にクッションに叫ぶわ」と、これまたよくわかってるな〜感心してしまう。

「お母さん大好き」
「お母さんもY君のこと大好き」
お互い心の深いレベルで真実を受け取った瞬間。

心に苦しい気持ちがたまると一番大好きな人をさけたくなる。甘えたい、抱っこしてほしいのに素直になれず、自分でも何がなんだかわからなくなる。そんな癒されてない子供心をかかえながら、体だけ大人になり子育てをする。だから子供が泣くことやダダコネをそのまま受けとめられず、思うようにならない怒りを子供にぶつけてしまう。

子育ては、親のインナーチャイルドを癒し成長させながら、自分の子供も一緒に育てるようなもの。子供は、親の癒されてない部分を見せてくれる強靭な鏡。

本当は大好きという気持ちを、怒りや悲しみ淋しさの感情が覆い隠している。それらを解放していった時、心の深いところから愛が沸きあがってくる。
人と人は、本当はそんな本心で繋がり合いたいといつも願っているのだと思う。


心にしこりがあるのなら、それをただ抱きしめよう
そのしこりは他ならないわたしの愛を必要としている
わたしのあるがままを受け入れられたとき
人のあるがままも受け入れられるようになっている
心の本質は青空
その青空で、すべての人はみな繋がっている
author : Mami Nishitani | - | -