神なる我を発見する
2006.08.28 Monday | -
本来、人は何ひとつ欠けてるものはなく、自分の中にすべてがあります。世界は自分を映し出す鏡、人間は小宇宙なのです。欠けている、と思うのは幻想であり、その欠けているものを埋めるために、今までずっと外に追い求めてきました。
認められるために頑張る。
愛されたいからいい人のフリする。
犠牲を続け、期待を裏切られて怒りに変わる…。
また、誰かに惹かれ好きになる。最初はいいけれど、だんだんお互いの痛みが見えてきて、こんなはずではなかった、私にはもっと他にいい人がいるはずだ、と思い始める。
お互い欠けている部分を相手が満たしてくれる、幸せにしてくれると思っていたのですが、自分は欠けていると思い込んでいる者同士、エネルギーの奪い合いとなり、ひとりでいるよりさらに悲惨なものになったりするのです。
見たくない自分の欠点は、人、特にパートナーが見せてくれます。それを相手のせいにするのではなく、自分の中にないか探していくには勇気が必要です。自分の感情と向き合うのは、そう簡単なことではありません。自分にあるなんて認めたくないし、相手のせいにして切り離した方がはるかに楽です。
恋愛・結婚・パートナーシップには、お互い癒されてないインナーチャイルドが特に刺激され、抑圧してきた感情が表面に現われます。お互いを自分の鏡として向き合うことにコミットし、自分の気持を相手に正直にシェアし感情を解放し続けることにより、薄皮を剥がすように二人のステージは上がり、お互い深い魂レベルでの親友へと成長できる大きな喜びがあります。けれど、なかなかそこまで行けるカップルは少ないようです。
自分の中にはすべての要素があります。殺人鬼の要素もあれば、聖母マリアの要素もあるのです。その要素をいいか悪いか判断する、その基準が人それぞれ違い、それがその人の価値観となって表われます。悪いものをダメなものとし、抑圧してさらに隠します。自分の中で嫌っている要素は、外側で投影という形となって現われ、見える人を排除したり嫌ったりします。
本当は、どんな自分の要素もただ認めればいいだけなのです。でも、それがわからなくて苦しみ、色々な本を読んだりワークショップを受けたりするのでしょう。私もそうでした。
例えば、わがままな人が嫌い…、実は自分の中で「わがまま=ダメ」とレッテルを貼り、抑圧し隠しています。そんな場合、はっきり物を言う人や幼い子供が苦手だったりします。
実は、どんな欠点にもお宝が隠れています。
長所・短所は表裏一体。「わがまま」というレッテルを剥がしたら、「わがまま=ダメ」ではなく、“無邪気・正直・純粋”が見つかります。幼い頃、きっと無邪気に騒いだり本当に思っていることを口に出したら、「ダメ!」と言われたのかもしれません。
そうやって、自分の中のいい・悪いの制限をはずしていくことにより、欠点だと思い込んでいた要素の裏側のお宝を発見できるのです。その一歩一歩を、私は「本来の自分を取り戻す」と表現しています。
感情にもネガティブ、ポジティブというものは本来なく、
怒り=パワー
恐れ・不安=可能性
悲しみ=浄化
なのです。
自分の中につきることのない溢れる愛の泉を見つけたなら、もう外に追い求める必要はありません。自分で自分を満たすことができるようになります。ゆるぎない安心・平安を感じることができます。あるがままで価値がある、無条件の愛の境地を知ることでしょう。
恋愛とは、究極、自分自身との恋愛なのです。自分の中に理想のパートナー像のエネルギーを見つけたなら、それが現実世界に現れるのはそう遠い未来ではありません。自分の中にはすべてがあります。ですから、ほしいパートナーのエネルギーもすでにあるということなのです。
人は本来幸せになるために生きています。あなたがあなたを喜ばせてあげる、大切にしてあげる小さな一歩を踏み出す。そうすることにより、外側の世界にそれが反映され現実化していくのです。
外に追い求めるのをやめ、内側に見出していく。
ここにある豊かさ、幸せにフォーカスする。
今この瞬間を生きる…。
宇宙は、フォーカスしたものをもっと贈ってくれるしくみになっています。目の前の小さな幸せ・豊かさに意識を向け感謝できれば、いつのまにか忘れた頃に、たくさんの豊かさや幸せに包まれていることでしょう。
神なる我を発見し、神なる我を生きていく。
人は本来、欠けているものなど、何もないのです。
認められるために頑張る。
愛されたいからいい人のフリする。
犠牲を続け、期待を裏切られて怒りに変わる…。
また、誰かに惹かれ好きになる。最初はいいけれど、だんだんお互いの痛みが見えてきて、こんなはずではなかった、私にはもっと他にいい人がいるはずだ、と思い始める。
お互い欠けている部分を相手が満たしてくれる、幸せにしてくれると思っていたのですが、自分は欠けていると思い込んでいる者同士、エネルギーの奪い合いとなり、ひとりでいるよりさらに悲惨なものになったりするのです。
見たくない自分の欠点は、人、特にパートナーが見せてくれます。それを相手のせいにするのではなく、自分の中にないか探していくには勇気が必要です。自分の感情と向き合うのは、そう簡単なことではありません。自分にあるなんて認めたくないし、相手のせいにして切り離した方がはるかに楽です。
恋愛・結婚・パートナーシップには、お互い癒されてないインナーチャイルドが特に刺激され、抑圧してきた感情が表面に現われます。お互いを自分の鏡として向き合うことにコミットし、自分の気持を相手に正直にシェアし感情を解放し続けることにより、薄皮を剥がすように二人のステージは上がり、お互い深い魂レベルでの親友へと成長できる大きな喜びがあります。けれど、なかなかそこまで行けるカップルは少ないようです。
自分の中にはすべての要素があります。殺人鬼の要素もあれば、聖母マリアの要素もあるのです。その要素をいいか悪いか判断する、その基準が人それぞれ違い、それがその人の価値観となって表われます。悪いものをダメなものとし、抑圧してさらに隠します。自分の中で嫌っている要素は、外側で投影という形となって現われ、見える人を排除したり嫌ったりします。
本当は、どんな自分の要素もただ認めればいいだけなのです。でも、それがわからなくて苦しみ、色々な本を読んだりワークショップを受けたりするのでしょう。私もそうでした。
例えば、わがままな人が嫌い…、実は自分の中で「わがまま=ダメ」とレッテルを貼り、抑圧し隠しています。そんな場合、はっきり物を言う人や幼い子供が苦手だったりします。
実は、どんな欠点にもお宝が隠れています。
長所・短所は表裏一体。「わがまま」というレッテルを剥がしたら、「わがまま=ダメ」ではなく、“無邪気・正直・純粋”が見つかります。幼い頃、きっと無邪気に騒いだり本当に思っていることを口に出したら、「ダメ!」と言われたのかもしれません。
そうやって、自分の中のいい・悪いの制限をはずしていくことにより、欠点だと思い込んでいた要素の裏側のお宝を発見できるのです。その一歩一歩を、私は「本来の自分を取り戻す」と表現しています。
感情にもネガティブ、ポジティブというものは本来なく、
怒り=パワー
恐れ・不安=可能性
悲しみ=浄化
なのです。
自分の中につきることのない溢れる愛の泉を見つけたなら、もう外に追い求める必要はありません。自分で自分を満たすことができるようになります。ゆるぎない安心・平安を感じることができます。あるがままで価値がある、無条件の愛の境地を知ることでしょう。
恋愛とは、究極、自分自身との恋愛なのです。自分の中に理想のパートナー像のエネルギーを見つけたなら、それが現実世界に現れるのはそう遠い未来ではありません。自分の中にはすべてがあります。ですから、ほしいパートナーのエネルギーもすでにあるということなのです。
人は本来幸せになるために生きています。あなたがあなたを喜ばせてあげる、大切にしてあげる小さな一歩を踏み出す。そうすることにより、外側の世界にそれが反映され現実化していくのです。
外に追い求めるのをやめ、内側に見出していく。
ここにある豊かさ、幸せにフォーカスする。
今この瞬間を生きる…。
宇宙は、フォーカスしたものをもっと贈ってくれるしくみになっています。目の前の小さな幸せ・豊かさに意識を向け感謝できれば、いつのまにか忘れた頃に、たくさんの豊かさや幸せに包まれていることでしょう。
神なる我を発見し、神なる我を生きていく。
人は本来、欠けているものなど、何もないのです。
author : Mami Nishitani | - | -